
第1章 外伝 第3話
ミューズの幻術使い
ZAC2098年11月中旬、西エウロペ大陸の制圧を終えた帝国軍は、連邦軍を北エウロペから叩き出すためにグラム山岳地帯を越えて北部ルートからの進撃を開始した。
勢いに乗る帝国軍は、数日中にはグラム湖一帯の制圧を完了させ、この場所に補給物資を集積するための拠点を建設すると、17日にはミューズ森林地帯に向けて進撃を開始した。
この間、連邦軍の抵抗は散発的なものばかりだった。せいぜい街道に地雷などを仕掛けるか、スリーパーによる攻撃が行われる程度で、本格的な反撃が行われる事はなかったのだ。
前線の将兵たちの中には、これを連邦軍が戦意を喪失していた為だと受け取っていた者も多くいた。しばらくすると、連戦連勝をつつける帝国軍に恐れをなした連邦軍は、中央大陸に逃げ帰ろうとしているという噂までが流れ始めた。
無論兵士達がその噂を信じたとしても、指揮官たちが根拠のない流言蜚語を信じて作戦を立てるわけにはいかなかったが、進撃速度が大幅に速く修正され始めていたのも又、事実だった。
当初の予定ではグラム湖の制圧に5日、ミューズに到達するまでにさらに10日が予測されていた。だが実際には予測されたよりも遥かに速い速度で帝国軍はミューズに達しており、そこまでに掛かった時間は僅かに6日であった。
そのため帝国軍はミューズの突破も容易なものだろうと考え始めていた。森林地帯であるから罠の数は多くなっているであろうが、罠程度で大軍を止められるものではない。1周間も掛からないうちに森を突破し、早ければ年内にもロブ基地が陥落するのではないかとの楽観的な予想までされ始めていた。
事実、この時期ミューズ森林地帯に展開されていた連邦軍の兵力はわずかに1万強。これは侵攻してきた帝国軍5万と比べるとあまりにも少ないものだった。
だが帝国軍は知らなかった。このミューズの森こそが連邦軍が西方大陸に築き上げた最大の要塞線だと言う事を。そして彼らは知ることになる。この森には恐ろしい"獣"たちと、彼らを自在に操り、そして帝国軍に幻術に陥れる“幻術使い”がいることを。
帝国軍がミューズの狭い道を我が物顔に通過しているのを、密かに監視しているものがいた。武装を削った代わりにセンサー類を増設し、情報収集能力を強化したステルスバイパーであった。
「クソ!連中、もう勝った気でいやがるな。」
コクピットの中でステルスバイパーのパイロットであるサフラン曹長はいまいましそうに毒づいた。もちろん小声で。
上官からは監視だけを行えという事を厳命されていたが、彼の指先は不定期に火器のトリガーにかかっていた。それだけこの任務が苦痛だったのだ。
「許可さえ出てりゃあ、あんな連中全員蜂の巣にしてケツまくって逃げてんだが。」
無理もなかった。彼が所属しているのは第13高速機動隊、即ち高速ゾイドの部隊。しかも、この任務が命ぜられるまではコマンドウルフを駆って、帝国軍に襲いかかっていたからである。
連邦軍はハルフォード率いる第2高速機動大隊に代表されるように、西方大陸には開戦初期から優先的に高速ゾイドの部隊を送り込んでいた。どの部隊も精強で、特性を生かした戦法で帝国軍に大きな損害を与えていた。さらにどの部隊の指揮官も勇猛で有能な指揮官かつゾイド乗りに率いられており、帝国軍から恐れられていた。
だがその内の一つ、第13高速機動大隊は変わっていた事で有名だった。部隊編成や中隊長たちに名物仕官が多かったこともそうだったが、指揮官ロイ・ラドゥガ少佐が変わった人物として特に有名だった。
彼に関しては色々な話が語られていた。有名な話の一つに士官学校に進んだ理由が挙げられる。何と給料をもらいながら学ぶことができる理由で士官学校に進んだと言うのである。さらに任官してからも軍人とは思えないほどおっとりした性格で、ガチガチの軍人であった部下たちを常に困惑させていた。だが反面、物事に関しての要領が非常に良く、訓練などで無駄だと思われるような事は必要最低限度しか行わず、兵たちからの評判はよかった。
さらに彼の趣味もまた有名だった。それは読書に園芸といった非常に大人しいもので、常に地球から持ちこまれた10cmほどのサボテンの鉢植え(振動が加えられても大丈夫なように特殊ケースに入れられてはいた)を持ち歩き、暇さえあれば土いじりをしていた。その為、彼が部隊を置いていた場所には必ず花壇が出来ていると言われていたほどだった。
何より彼自身、ゾイドの操縦がお世辞にも上手いとは言えず、それを解っていたためか高速ゾイド部隊の指揮官としては珍しく自らゾイドを操縦する事をしなかった。
「操縦もできない指揮官が貴重なゾイドを1台余計な事でつぶしてしまうのはもったいないからね。ちゃんと扱える兵に扱ってもらわないと。」
というのは彼自身の言葉であるが、さすがにそれでは部隊の指揮が出来ないと言う事で、彼は指揮官用として配備されていたコマンドウルフの背中に座席と通信機器と指揮設備を装備させ、その乗りこんで指揮を取っていた。
さらにこの部隊にはステルスバイパー小隊やダブルソーダー小隊、そして工作用ゴドス小隊が組み込まれていた。本来高速機動隊の名前を冠する部隊は、シールドライガーやコマンドウルフばかりで編成されており(ハルフォードの部隊にはその任務の性格故ベアファイターが組み込まれていたが、これは例外)この編成はかなり変わったものだった。
無論これにも理由があった。ロイは開戦から8ヶ月ほど前にこの地に赴任した時から、ミューズ森林地帯は圧倒的な数の帝国軍を長期にわたって食い止める事ができる天然の要害だと考えていた。
ミューズ森林地帯は西方大陸でも数少ない、かつ最大の森林地帯だった。そしてその植物の構成は特殊な気候から中央大陸の中央山脈のそれに近い、木々の間隔が詰まっており、下草も恐ろしく密集したものだった。そしてそれは寒冷地であるニクス大陸には存在しないものでもあった。さらにこのような場所は西方大陸にはここ以外存在しないものでもあった。
つまり、帝国軍にとってはまったく経験のない環境で、逆に自分達にとっては戦い慣れた環境で戦えるということであった。そしてその事は、地図や写真だけで分かる事ではなく、特殊部隊だけならともかく相手は大軍であるから、つけこむ隙はいくらでもあるということだった。
そこでロイは上層部、特に士官学校時代の恩師であったクルーガーに対してこの地の要塞化を進言していた。そして西方大陸方面の司令官であったクルーガー少将も教え子と同じ事を考えていた。クルーガーは早速ロイから提出されていたプランに目を通すと、直ちにこれを可能な範囲で実行させていた。西方大陸の情勢が緊迫し始めていた、開戦の半年前の話である。
そして半年後に開戦に至ったわけだったが、この時点で完成していたのは全体の半分強であった。それから数ヶ月の間に突貫工事で作業は進められていたが、それでもこの時点では未完成区間がかなり残されていた。
そこでロイの部隊は工兵部隊を部隊に組み込んで未完成だった区間に展開し、工事を続けながら敵の動きを探っていたのだった。
19日の未明、帝国軍の先頭の部隊を追尾していたステルスバイパーから、森林地帯に密かに埋設されていた有線通信によって連絡が入った。帝国軍の部隊が森林地帯中部の拠点、といっても開けているだけの場所であるセパタクローに達した事が報告された。その報告を受けたロイは司令部にその事を報告すると同時に、付近に展開していた部下達を集合させた。
「諸君、ここ1周間ほど森の中を犬のように駆けまわらせたり、モグラのように穴を掘らせたりするばかりで誠に申し訳なかった。だが、帝国軍に大きな顔をさせるのもここまでだ。」
ロイは少し大きな声で、かつ茶目っ気たっぷりに言った。
「常勝無敗を誇る帝国軍の将兵たちに、このミューズの森に踏み入った事を後悔してもらうことにしよう。」
19日の夕刻、帝国軍偵察部隊のゲーターのパイロットは、蒸し暑い外の熱気から逃れるようにコクピットの中で計器とにらめっこをしていた。
この森は如何なる理由か磁気センサーの有効範囲が森の外と比べて段違いに狭く、各種センサーもあまり役に立ってはいなかった。その為この森に入ってからというもの、小隊の内誰か一人は必ず外に立って肉眼で見張りをしていなければならなかったのだが、ニクス生まれが多かったこの部隊では、このエウロペの暑さに耐えられる者はほとんどおらず命令違反である事を承知の上で見張りに立とうとはしなかった。
「まっ昼間に外で見張りなんかやっていられる環境かよ。日が暮れたって夜にならなきゃやってられねえぜ。まあ、夜中は夜中で何にもみえねえから、見張りなんかしたって意味はねえけどな。それなら多少感度は落ちていても計器と睨めっこしていたほうがまだマシだぜ。」
これがこの地に派遣されていた大多数のニクス出身者たちの偽らざる本音であった。だが彼らにとってこの日の、少なくともこの時の判断は誤りであった。仲間内でこのような話をしていたこの部隊は直後に音もなく忍び寄ったコマンドウルフ5機にコクピットを一撃で噛み砕かれ、全滅してしまったからである。
そしてこの時、同じような事態がセパタクロー周辺で次々と起こっていたが、帝国軍がこの事に気が付いたのはすでにとっぷりと日が暮れた後であった。
ゲーターがコマンドウルフの接近に気が付かなかった事には理由があった。この森には磁気や赤外線ですら撹乱してしまう特殊妨害機が事前に仕掛けられていたからであった。しかもその出力調整が自然現象と思わせるほど絶妙なものであったために、帝国軍はしばらくの間、森に妨害機が仕掛けられていたことにさえ気が付いていなかった。
知らぬ間に目と耳をつぶされた帝国軍部隊に対して、ロイは深夜に一斉攻撃を仕掛けた。シールドライガーを隊長機として中隊規模(30機前後)の高速ゾイドが、事前に察知していた指揮官在中の天幕や、積み上げられていた弾薬に集中攻撃を加え、指揮系統を破壊し、炎で恐怖と混乱を煽った。
闇深い森の奥からの突然の大規模な攻撃に、ロイの目論見通り帝国軍はたちまち大混乱に陥った。闇夜の中でうろたえる帝国軍に対し第13機動部隊は徹底的に攻撃を加え、わずか2時間の戦闘で、帝国軍は1個旅団が壊滅し、さらに数多くの部隊が甚大な損害を受けていた。
「おのれ!これ以上好き勝手はさせん!!」
かろうじて届けられた報告を知らされた帝国軍高速ゾイド部隊が直ちに現場に急行した。そして連邦軍は彼らの姿を見て取ると、煙のように森の中に逃げ去っていった。
後を追うため迷うことなく森の中に飛び込んだ彼らは、仕掛けだらけの森の中でたちまち連邦軍部隊を見失っていった。
「駄目です隊長!磁気探知や赤外線センサーはおろか、方位までわからなくなっています!!」
前衛のヘルキャットから複数の機体を介してレーザー回線を用いた報告がなされたが、その直後にはこのヘルキャットからの報告は途絶えてしまった。
隊長機のセイバータイガーは辺りを警戒しながら言った。
「気をつけろ!奴らがこの辺りに潜んでいるのは間違いない!!」
だがその直後、彼のセイバータイガーは真横からの大型キャノン砲の直撃を頭部に受けて隊長もろとも粉々に吹き飛んでいた。
「気をつけろといっていた奴がこのザマじゃあ世話ないぜ。」
こうして追撃に出たはずの帝国軍高速部隊の隊長機は、サフラン曹長のコマンドウルフのこの日7機目の撃墜マークになってしまった。
突然隊長機を失い慌てふためくヘルキャットたち。だが彼らも数分の後には死角から襲いかかってくるコマンドウルフの攻撃の前に、次々と森の中に悲鳴だけを残して消えていったのである。
明けた20日に判明した帝国軍の損害はあまりにも大きなものだった。前述した通り先行部隊は1個旅団が壊滅、迎撃に向かった高速ゾイド部隊は消息を断っていた。
さらに連邦軍の攻撃はセパタクローだけでなく、ミューズの森のあちこちで行われていた。そして、そのなかでも特に猛威を振るったのはダブルソーダー部隊だった。
ダブルソーダーは森林の中から突如出現し、機銃掃射で帝国軍を薙ぎ払った。そして攻撃をすませると再び森の中に消えていった。迎撃の為にサイカーチスが投入されたが、センサー機器が貧弱なサイカーチスではこの仕掛けだらけの森のなかでダブルソーダーを発見する事は敵わず、逆に次々と撃墜されていった。
焦る帝国軍は空軍に援護を要請したが、高速戦闘機のレドラーは速度が早すぎるため巧妙に姿を消しているダブルソーダの迎撃任務にはまったく向いておらず、森の上空を飛びまわっていたずらに時間と燃料を浪費するばかりであった。
そんな帝国軍をあざ笑うように連邦軍は昼夜を問わずに攻撃を続けた。補給線はズタズタにされ、多くのゾイドが傷つき倒れ、兵士たちの疲労は肉体的にも精神的にも極限に達しようとしていた。
「これ以上、こんな場所に留まりつづけるのは帝国軍兵士にとっては地獄そのものだろう。そろそろ引き返させてやれるように手伝ってやらなくてはね。」
11月29日、第13高速機動大隊は特命を受けグラム方面に密かに侵入を開始した。目的地はグラム湖畔に設営されていた、帝国軍の補給物資の集積地。物資はグラム山岳地帯を越えてから一度、この場所に集められているのだ。
ミューズに進入した最前線の部隊には現在まともに補給を受けてはいない。しかしこの場所の物資が残されている限り、当分帝国軍が撤退する事はないであろう。そこで第13高速機動大隊にこの集積地への攻撃が命ぜられたのだった。
無論、考えなしに突撃したのであれば発見されてしまい、圧倒的な数の帝国軍部隊に撃破されてしまうだろう。また、尋常な方法では厳重な警戒がなされている集積地に近づく事も出来ないであろう。
だが、ロイの知略は不可能を可能にした。まず彼らは基地北方から大きくグラム山岳地帯を迂回してグラム湖畔に至った。そして12月3日の夜、悪天候になったことを見計らった彼らは、一気に集積地に殴りこみ、この地に置かれていた補給物資のほとんどを焼き払った。ミューズの正面にばかり注意をしていた帝国軍は完全に意表を付かれたのだった。
だが、そこは敵地の真っ只中。無事に逃げおおせる事は不可能である。ほどなく補足された高速機動部隊は追い詰められて全機が自爆、敵に屍を晒すことなく玉砕してしまったのである。
進入した敵を撃破したものの、大損害を受けた帝国軍はこの時一時撤退を決定。焼け残った物資をかき集め、物資の欠乏していた最前線にこれを届けさせ、完了次第撤退を開始するよう命令を下した。
しかし、これもすべてロイの策のうちだった。第13高速機動大隊は、集積地を攻撃した直後に搭乗してきたゾイドをすべて無人操縦に切り替えていた。そして自爆した際には、地下から無人機を誘導していたステルスバイパー以外には人員は乗っておらず、自爆する事によって帝国軍の目を見事に欺いたのだ。
さらにゾイドから降りた彼らは、地元や帝国軍内部に入り込んだ協力者たちによって、ある者は手引きをうけて姿をくらまし、またある者は地元住民になりきり、そしてある者は堂々と傭兵として帝国軍に参加していた。
そして彼らはおのおののやり方でで1周間ほど潜伏すると、最前線への補給物資の輸送部隊に、あるものは資材にまぎれ、あるものはグスタフやモルガの乗員として堂々と補給物資を携えてミューズの森に帰っていったのだった。
この時彼らが銀蝿(泥棒、ちょろまかの意)してきた物資は、小は生活必需品から大はアイアンコングまでと実に潤沢なもので、この作戦で失ったゾイドより多くの物を奪ってきたと言われたほどだった。
ある程度の訓練を受けてはいたが、特殊部隊に所属していたわけでもない彼らにそのような冒険小説を地で行くような芸当ができたのは正に驚きであったが、これも指揮官の“人徳”のなせる技だったのであろう。この作戦に参加した兵たちは後々までこの事を語り継いでいた。
12月19日、一部の補給部隊が到着していなかったが、撃破されてしまったものと判断した帝国軍は、とうとう撤退を開始しグラム山岳地帯にまで兵を引くことになった。その後、さらなる補給を受けた帝国軍は再び進撃を開始したが、その間に防御が強化されていたミューズの森に侵入することはできず、戦線はミューズの森を睨む形で固定されることになったのだった。
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