第3章  第5話   衝撃



 グラム湖畔の丘陵地帯にその男は居た。男はコクピットの中で母体の中に居た頃のようになってうずくまっていた。コクピット内部はひびの入った水道管から水が噴出すかのように火花が出ており、回線や様々のものが熱せられた影響で異様な臭気に包まれていた。

 男は何事かをぶつぶつと呟き続けていた。彼の口はこの世のすべてを呪う言葉のみが吐き出されていた。そんな彼を超越的な何者かが見かねたのだろうか。突如として警報が鳴り響き、この男を座席ごと天空に向かって放り出してしまった。

 男は地面に落ちた衝撃で現実に帰った。男は自分を座席に固定していたベルトを引き千切るように乱暴に外すと、ヨロヨロと起き上がった。
 男が見た現実。それは自分が頭で想像していたものよりも光景としてはマシ、だがその臭気に関しては想像もつかないものだった。
 それまで彼が乗り込んでいた巨大な鋼の獣だったものは無残な姿になりはて、その隙間からは火薬やゴムなどの焼ける臭いとともに、タンパク質を燃やした際に発するあの独特の胃の中を掻き回すような不快な臭いが噴出し、この周囲を強烈な日差しとともに満たしていた。

 (何で、何で俺がこんな目に…)

 (糞!いくら同期の連中より一月早く戦場に回されたからといって緒戦からこんな目に会わされるなんて)

 喉の奥からこみ上げてくる衝動を解き放とうとしたその時、薄汚れた姿の中年の兵士が彼に駆け寄ってきた。

「小隊長殿!小隊長殿!!何とかご無事でいらしたんですね!」

(無事?!冗談じゃあない!この俺のどこが無事で…)

 そう思った小隊長と呼ばれた青年は自分の状態を確認した。頭痛がした。多少目の前がクラクラしているが、どうやら放り出された衝撃で軽い脳震盪を起こしたらしい。だがそれ以外は…、どうやら何もなかったようだ。

 何とか判断力の戻った彼はその兵士に尋ねた。

「軍曹、小隊…いや我が中隊はどうなっている?」

 軍曹と呼ばれた男は首を横に振りながら答えた。

「どうにもこうにも…。中隊自体が消滅したも同然です。カノンフォートはろくに残っていませんし、ディバイソンも無事なものなんていやしません。それどころか…。」

「それどころか、どうしたのだ?」

 力なく尋ねる彼に軍曹は答えた。

「ほとんど全員がやられています。特に士官以上の方は軒並み見当たりませんで、ようやく小隊長殿だけが見つかったというわけです。」

 青年は再び呪いの言葉を心の中で叫び始めた。この軍曹の報告が本当なら自分がこの壊滅してしまった中隊の指揮をとらねばならなくなるからだ。
 確かに自分が5年前、学生時代に単位として軍事教練を取得したために今ここで戦わされている身の上とはいえ、士官は士官であるから義務を果たさなければならない。

「使えそうな人員とゾイドを確認し、部隊を再編成する。そしてそれが完了次第大隊に合流する!今すぐかかれ!」

 その言葉を乱暴に吐きだし、周囲に居た兵たちにも命令を下すと、彼もまた重い足に鞭打って駆け出した。この陰鬱な現実からすこしでも逃避しようと思えばそれしか方法が残されていないように思われたからだ。

 ZAC2100年7月下旬、北エウロペ大陸の勢力地図は大きく塗り替えられていた。連邦軍の大軍が北エウロペに投入されたことにより、神聖ガイロス帝国軍は戦線の見直しを図らねばならなくなったからである。
 西方大陸に派遣されていた帝国軍の全軍を持ってすれば、数の上では連邦を上回っていたため対抗する事は十分過ぎるほどであったが、南方戦線の西方ガイロス帝国の存在がそれを困難にしていた。さしもの神聖ガイロスも二正面から同時に攻勢に出るわけには行かなかったのだ。
 そのため帝国軍は、P.K.師団によってロブ基地に奇襲。これにより時間を稼ぎ撤退を開始していた。

 だが、不測の事態が起きていた。攻撃を掛けた7月21日未明、ミューズ森林地帯に展開していた帝国軍部隊の司令官が、中枢部を混乱させたのであれば、逆に打って出て損害を与えるべきだと判断し、連邦軍に対して部分的攻勢に出ていたのだった。
 帝国軍のミューズ方面に派遣されていた約3個師団の兵力は、連邦軍の命令系統に混乱が発生したのを確認すると、森林地帯の拠点であるマーナスへと向けて進撃を開始した。そして警戒網を突破した帝国軍はマーナスに攻撃を仕掛けた。
 だがこの方面の連邦軍部隊は、その"ほとんど"が開戦当初からこの地域で戦い続けていた歴戦の部隊ばかりであった。偵察部隊からの報告で帝国軍の攻撃の規模を把握したアーノルド少将は、最前線部隊を繋ぐ非常事態用のネットワーク網を使い他の方面の敵軍に動きがない事を知ると直ちに反撃に転じた。
 まず帝国軍部隊にほとんど航空援護がなされていなかったことに着目したアーノルドは、敵部隊に対し、"森の妖精"ことダブルソーダに攻撃を掛けさせた。
 森林地帯でも機動力を落とすことなく、しかも確実に相手を補足し打撃を与える事ができたダブルソーダは、特に森林地帯でサイカーチスを圧倒し、同時に地上の帝国軍部隊を壊乱させた。さらにこの区域に展開されていた空軍の戦力が帝国軍の予想より大規模であり(ストームソーダー70機、サラマンダー30機、プテラス・ボマー300機)、帝国軍への航空支援を困難なものにしていた。

 さらに23日になると事態はより連邦軍有利に傾いた。他の方面の帝国軍は司令通り撤退に移っていたのに対してこの方面の帝国軍は未だに撤退行動に移っていなかったため、突出しすぎる形になっていたのだ。
 これを見逃さなかったのは連邦軍の追撃部隊を直接指揮していたのが、連邦軍でもっとも高速ゾイドの部隊運用に長けていると評されていた、ミューズの森の猛獣使いことロイ・ラドゥガ中佐であった。
 彼はアーノルドに広域的なECCM(妨害電波)をかけさせるように進言し、この方面の帝国軍の状況を他の方面の帝国軍に知らせる事を阻止した。同時に指揮下にあった高速機動連隊を率いて帝国軍の後方へ周りこみ、空軍部隊と連携して神出鬼没かつ断続的な攻撃を仕掛けた。
 後方が危機に陥った事を知った帝国軍は直ちに撤退を開始したが、時すでに遅かった。25日には命令系統が復旧した連邦軍が本格的な包囲作戦を開始したからである。
 包囲された帝国軍は必死に応援を求め、ようやくヘルキャット部隊の一部が連絡を取る事に成功したが、この時点でほとんどの友軍は後方に引き下がっており、直ちに救援に駆けつけられる部隊はほとんどなかった。さらに27日になると状況はさらに悪化していた。
 緒戦で火力を投入しすぎたため、包囲された部隊の弾薬が底をつき始めてしまったのだった。
 もはや一刻の猶予もないと知った帝国軍本部は、直ちに新鋭ゾイド部隊の投入を決定。この部隊による包囲網突破を命じた。そしてグラム山岳地帯の中央部、アララート山の脱出口を確保するために投入されたのは、帝国軍新鋭高速ゾイド部隊、並びに次期主力ゾイドによって編成された部隊であった。そしてこの男の所属していた部隊を襲撃したのも彼らである。

 生き残った小隊長によってまとめられた中隊の戦力は、小隊のそれと比べても手ひどいものだった。戦闘中の軽い着弾が引き起こした回路の一時的な故障で気絶し、ひっくりかえって小破で済んだディバイソンが1機、背中の砲塔がそっくり無くなってしまったもののその他に損害らしい損害の無かったカノンフォートが1機、あとは歩くのがやっとというものがディバ2機にカノン4機だった。

 状況をまとめ終えた彼は直ちに大隊に合流すべく後退を開始した。
 実のところ敵が向かっていたのも彼らの大隊の方向であったから、しかも大隊から発せられていた通信も悲痛なものであったから余計なものをさらに抱え込むことになるのは目に見えていたが、とにかく合流するのが先決であった。
 暫定的に中隊の指揮を取る事になった男はディバイソンの背部の通信室にいた。というのも彼はゾイドの操縦に優れているわけではないからである。
 一般的に誤解されやすいのだが、ゾイドの操縦が優れているからと言ってその人物が必ずしも部隊の指揮も優れていると言うわけではない。
 指揮官と言うものは広い視点を持って大局的に物事を判断する事を要求され、かつ事務的な能力も要求されるわけだから、部隊の指揮、とりわけ大規模になればなるほど指揮官としての能力を要求されるわけであるから、ゾイドの操縦に秀でていないものが部隊の指揮を取っていると言う事はままあった事である。まして戦時下の人材不足の状況であればなおさらであった。
 なお、その両方を兼ね備えていた人物達は英雄として歴史にその名を刻んでいるが、それは彼らのような人材が極めて限られていたと言う証明でもあったといえるだろう。

 それはさておき、彼は受信されてくる戦況の情報と自分の部隊の状況に今にも逃げ出したくなっていた。
 くそ、相手は中隊を数分でこのザマにしたバケモノども。それにこの状況で戦いを挑まなければならないなんて!クソッ、イヤだ!イヤだ!絶対にイヤだ!!

 だが、彼はそこまで心配する必要は無かった。すでに大隊本部は蹂躙されて壊滅しており、あの部隊もすでに通り去っていたからである。
 彼が現場でやらなければならなかった仕事は先ほど行った事の規模を中隊規模から大隊規模に大きくした、元々小隊長だった男にとっては荷が克ち過ぎた処理作業であった。そしてそれは彼にとって戦闘以上に精神的に苦痛を伴う仕事でもあったが。

 それから1週間後、この方面での大規模な戦闘は収束を迎えた。帝国軍の派遣した精鋭部隊によって確保された突破口から包囲されていた戦力は無事に撤退する事に成功した為である。連邦軍側も戦果が十分に上がったと判断し、航空戦力以外での追撃を行う事は無かった。
 この一連の戦いで、両者共に課題が浮き上がる事になった。
 連邦軍側のそれは、最終局面で投入された帝国軍の新型ゾイドに対しMBZ(主力戦闘ゾイド)であるディバイソンがまったく対抗し得なかった事である。特に直接戦闘を経験した部隊からの報告によると、彼らが相対したのは帝国軍の新型MBZと目されていたジェノザウラーだったことが問題であった。
 すでにシミュレーションでも直接対決において不利になることは判明していたものの、実際に損害がここまで大きくなるとは考えられていなかったからである。
 この戦闘やこの後に得られたデータによって連邦軍は今大戦における理想的なMBZと呼ばれる事になるサイプロックスを開発する事になるが、それはまだ後の話である。
 そして帝国軍のそれは、技術的な問題ではなく命令が忠実に実行されなかったと言う人為的な問題であった。
 これはガイロス帝国がこの時点においても未だに封建的要素を引きずっていた事に由来すると考えられていたが、ともかくもこの事件以降全面的なシステムの見直しが行われる事となったことで決着が付いたのである。



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