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SEEDの影忍 南冥の章

 

「おのれ、まだ付け回すか!」

 水面をスレスレに飛ぶ、二つの機影があった。ザフトの飛行型MSディン、だがあからさまにそれはザフトの所属ではない。右肩には般若の面が描かれ、その胸には災鬼の文字がある。

 ディンのセンサーには後方より迫る一つの機影が映されていた。後をつけられはじめてより半刻ほど。余計なものに見つからぬ為に超低空を飛ばねばならず、それ故に速度を落とさねばならないのだが、それにしても相手は異常であった。反応はあからさまに水面の上にあるというのに、である。

「死念坊、ここまでつけられては住処が露見する。いい加減に斬って捨てようぞ!」

 だが、その死念坊はといえばまったく乗り気ではない。それどころか顔に恐怖の色を浮かべていたほどであった。

「やめておけ苦念坊!奴は我らの敵う相手ではない。奴が、奴こそがSEEDの影忍よぉ!」

「はぅ!」

 だが苦念坊は返答する間もなく討ち取られた。背後より音速を超えて飛び込んできた十字手裏剣がまともに直撃したのだった。

 同僚を討たれた死念坊はあわてて付近の小島に着地した。すると、瞬きする間もなく眼前に影が姿を現した。紛れも無くそれは影忍のGであった。

「南海に鬼が棲むという…」

 影忍は背中の刀を抜き放って構える。

「退治しに参った。ぬしらが災鬼堂か?」

 その気迫に押されたか、死念坊は両手を広げあえて丸腰である事を誇示して見せた。

「如何にもわれらが災鬼堂。おぬしには勝てぬ、見逃してくれい」

 そう言うと膝を折って続ける。

「な、何でも話そう。何が知りたい?」

「わかった」

 そう言うと影忍は刀を下ろした。だが死念坊は右腕を背に回し、隠してあったアーマーシュナイダーを密かに手に握った。やがて背を向ける影忍。それを見るや否や、死念坊は好機とばかりに踊りかかってきた。

「甘いわぁ!」

 

..七一年。天下が麻のごとく乱れ、戦乱の世に入ってよりすでに一年以上の時が流れていた。こと乱世ともなれば、盗賊、火付けがはびこるのが世のならい。南洋の島々を拠点に付近一帯から遠くは砂漠のオアシス都市までを荒らしまわっていたのが、盗賊集団災鬼堂であった。ただ他の賊と異なるのは、その構成する一味のことごとくが忍の崩れであるということである。

 

 災鬼堂のアジトは南冥の鬱蒼たる密林の小島にあった。その入り口、MSがかろうじて通れるほどの場所には番犬たるバクゥの姿があった。

「おう、死念坊か。遅かったな」

 降り立ったディンに確認のスキャニングをかけるバクゥ。だが何らの異常も見うけられない。

「ところで苦念坊はどうした?」

「死んだ…。だが代わりにこれを持参した」

 すると死念坊はその右手に抱えていた包みを開いた。するとそれから転がり出たのは影忍の首であった。

「こ、これはぁ!」

「如何にも。最強の忍、SEEDの影忍はこの俺が討ち取ったのよ」

 高らかに勝ち誇る死念坊。その様子に疑問を抱きつつも朽狗は答える。

「まあよかろう。頭目に見せて褒美の一つでももらうとよかろう」

 そう言うと朽狗は影忍の首を投げ返す。それを誇らしげに右手で受け取る死念坊。

「待てい死念坊!」

「何だ?!」

「妙だな…。ワシの知る死念坊は確か利き腕は左であったはず…」

 僅かな間を沈黙が支配する。

「貴様、何者だぁ!」

 牙を剥き出しにして飛びかかる朽狗。だがその瞬間、死念坊がその手にしていた影忍の首から怪しげな煙が噴出し周囲を包み込んだ。そして間髪いれずに周囲は爆炎に包まれた。

「こんな手は通用しないというわけか…。やるな災鬼堂!」

 

「賊の本拠に侵入、成功した模様です」

 そこからしばし離れた沖合いに、強襲揚陸艦を中心とした一〇隻ほどの艦隊の姿があった。赤道連合が派遣してきた対災鬼衆討伐の艦隊である。その旗艦である強襲揚陸艦のブリッジにいかにも狡猾そうな風貌の男がパイプをゆらしながら鎮座していた。

「よし、直ちに制圧に移れ。あくまでも主力は我々なのだからな」

 全速で陸に向かいながら、揚陸艦から次々と輸送用ヘリが飛び立ってゆく。本拠地に歩兵を突入させ制圧しようというのだ。

「しかし指令、この男本当に信用できるのでしょうか?まして忍などという者が?」

 参謀らしい男が彼に怪訝な顔で尋ねてくる。しかし指令は気にも掛けずに答える。

「少なくとも腕は立つことは違いない。まあいくら“ニンジャ”とはいえ所詮は唯の傭兵よ」

(まあ、狗には狗の使い道がある…。手を噛まれてからでは遅いでな…)

 男の瞳は怪しい光を放っていた。

 

「玄武門より侵入者!すでに第四層まで突破されております!」

「蒼目、赤目を向かわせろ!」

「駄目です!両人ともすでに討ち取られております!」

「な、なんとぉ!」

(やはりこ奴らでは止められんか…)

 刻々と入る悲痛な報告に耳を傾けながらも、般若の面を被った頭目はどこか嬉々としていた。

「ワシも出よう。新型のアレを出せい!」

 操縦席に乗り込み、頭目は彼の乗機である烏天狗レイダーを起動させた。

「これが運命などというものであれば…、この俗世もまんざら捨てたものはないのう、ガリョウよ」

 立ち塞がる敵の忍をことごとく討ち取りつつも、ガリョウはまったく足も止めずに最深部に向かっていた。最も深く、そして最も強固に守られている所こそが、この要塞の弱点であるからだ。

 まともに防衛体制を与える間もなく最深部に影忍は辿り着いた。かつての対水爆攻撃にも耐えうるよう設計されていた、大型艦船をも収容可能な超巨大地下シェルターを改造したこの要塞は、MSが自在に動き回る事が出来るほど広大な空間であった。しかし、現在では老朽化が進みその中心に巨大な柱が討ちたてられ、施設そのものを支えていたのだ。ガリョウが狙うのはまさにその柱であった。

 柱に取りつくと、影忍はコツコツと叩きながら慎重にその最も脆い部分を探る。影忍は手持ちの爆薬は殆ど皆無であるため、労せずとも破壊可能な一点を探り出す必要があったのだ。

 慎重に弱点を探るガリョウ。そんな彼の脳裏に、一瞬よぎったのは年少の頃、彼が最も憧れていた碧眼の兄弟子の教えであった。

「よいか、ガリョウ。如何に強大な要塞であれコロニーであれ、それを支えているのは柱だ。無論それゆえに隙もないよう強固に作られておる。がしかし忍はその中から弱点を見付け出し、その一点を攻めこれを崩す。これを忍法では大黒落としという」

「はい!」

「これができれば誰に恥じる事も無き一人前の忍よ」

 その瞬間、ガリョウに何者かが囁きかけた。狙うはこの一点と。無論その内なる声に従いガリョウは愛刀サミダレでそこを切り裂く。たちまち柱は悲鳴を上げる。そして縦横に巨大な亀裂が走り、その重みに耐えかねてゆっくりと崩落を始めたのであった。

(よし、これで災鬼堂の命運も潰えた…)

 脱出せんとする影忍デュエル。だが突然の背後からの気配に身構える。

「確かに誇るべき弟弟子であったが…、まさかこうも易々と落とされるとは思わなんだぞ…」

 ゆっくりと割れる床の下から姿を現したのは、烏天狗のごとき装束に身を包んだ新型のMS、しかもその面立ちから高性能機の証明であるGシリーズであると思われた。

「久しいのう、ガリョウ」

 そう言うと、頭目はその般若の面を外した。するとその下から顔を現したのは碧眼の男であった。

「ミカヅチ…」

 崩れ落ちる要塞の中、睨み合いを続ける両者。互いに刀を抜き放ち、じりじりと間合いを計る。だがそこにも、制圧部隊が突入してこようとしていた。

「ぬう。ここでは邪魔が多い…。場所を選ぶぞ、ガリョウ!」

 

「こ、これは?!」

「どうした!」

 沖合いの連合軍艦隊の旗艦の観測室はにわかには信じ難いデータを拾い上げていた。

「目標より、超音速で何かが二つほど飛び出しました!」

「NJ(ニュートロンジャマー)による故障であろう?!」

「突入部隊より報告、MSと思われる物体が一瞬で走り去ったとの報告が…」

「司令、両者の報告が一致しております」

「ぬ、ぬぅ…」

 

 両者は駆けに駆ける。忍に関して最も驚嘆することはそのスピードであろう。ある文献によれば機動忍者は一夜にして地球を四周したと記されている。筆者が思うにこれなどは明らかに誇張であろうが、忍という奇異な存在故にこのような伝承がなされたことは想像に難くない。

 やがて両者はその戦場を選んだ。地球上に残された数少ない石油資源の産地にして、先日のザフトの攻撃によって未だ消火さえままならず、地獄の破口のように燃え盛り続ける海上の油田基地群。獣はおろか飛ぶ鳥さえ近づけぬこのような場所にも、彼ら忍は戦いの場所を求めるのであった。

 

 真紅の炎の中に時折、ぶつかり合う二つの影がある。影忍デュエルと烏天狗レイダーである。蜃気楼によるものか、はたまた凡人の感覚では追いつけぬのか、両者の攻防の様は俄に捕らえられるものではないほど激しいものであった。

 レイダーの腰の爪が影忍めがけて飛び出す。ガリョウは苦も無くそれをかわすと、反撃にクナイを燃え盛る水面目掛けて投げつける。するクナイは水面を跳ね、あらぬ方向からミカヅチ目掛けて襲いかかる。

「ほう、出来るようになったのう」

 だがミカヅチもさるもの。死角としか思えぬ方向から飛んでくるクナイを二本の指で捕まえると、ガリョウのやって見せた通りに投げ返して見せたのだった。

「何故だ?」

「む?」

 両者の攻防が一旦止まる。互いに過酷な場所での戦闘ゆえか額を汗で濡らし、大きく息をついている。背後では両者の動向をうかがうように、先ほどまで轟々と吐き出されていた火柱が勢いを衰えさせた。

「私の知っているミカヅチは我欲の為に動く男ではなかった!それが…、それが何故?!」

「ふふふ…。そう言うなガリョウよ。それは買かぶりすぎというものだ」

「ワシはお前が思っておるほど立派な男ではなかった…。下衆であった、ただそれだけの事よ…」

「……!」

 ミカヅチは腰に備えてあった団扇型のカッターを手にした。

「良い事を教えてやろう。災鬼堂は単なる盗賊集団にあらず!連合の、否、ブルーコスモスの資金集めとコーディネーターへの憎悪を募らせる為につくられたのよ!」

 次の瞬間、ミカヅチは扇子を大きく一振りした。すると爆風にも等しき凄まじい突風が発生し、煽られた炎の波が影忍目掛けて襲い掛かった。ガリョウはかろうじてそれを堪える。

「そうよ、お前の雇い主と同じ連合よ!」

 つまりこういう事であった。災鬼堂が保有しているMSはミカヅチのレイダーを除いてその全てがザフト製のMSであった。であれば、彼らに襲われた民草はその影で糸を引いているのがザフト、すなわちコーディネーターであると思い込むであろう。そしてそれが、コーディネーターの抹殺を目論むブルーコスモスの策略であった。活動資金を彼らに調達させつつ、その罪と憎悪をコーディネーターに仕向ける。正に一石二鳥である。そしてこの度彼らを追討しようとした理由は、彼らへの口封じであると同時に、災鬼堂を討伐する事で戦果を誇示しようというわけである。

「わかるかガリョウ!?これが人の世だ!かくも戦を好み、同胞の血肉さえも一滴あまさず飲み乾す!それが人!人!」

 続けざまにレイダーの扇子から中に仕込まれていた小刀が次々と飛び出す。ガリョウは身動きさえ取らずにその一本一本を浴びていった。

「この俗世では鬼畜のみが生き残る!わかるか!?」

 再び襲いかかる炎の津波。だが影忍はその炎の壁を両の手で振り払った。

「忍とは…、忍とは、大義によってのみ刃を振るう。民草からは盗まず、殺さず、巻き込ませず…。それが、それがあなたの流儀であったはず…!」

 幼き頃の自分の姿と、そんな未熟な自分に手取り足取り物事を教えてくれていた、かつての兄弟子の姿がガリョウの目に浮かんでいた。そしてその彼が、眼前の災鬼堂の頭目と成り果てた姿と合わさった時、ガリョウの瞳からは止めど無く涙が溢れていた。

 だが、ミカヅチはそんなガリョウの様子をせせら笑う。

「忘れたのう…、さような事など。ワシは畜生道に堕ちたのよ」

「お前も来るがよい。ここは良いぞ、ガリョウよ…」

 その言葉を耳にしたガリョウは涙を拳で拭い去ると、覚悟を決めて操縦桿を強く握り締めた。

「斬らねば…、やはり斬らねばならんのか…」

「斬れるだと?お前に…」

 再び両者の間を沈黙が支配した。先ほど立てられた波も和ぎ、水面は今はただ、流された油を赤々と燃やすばかりであった。

 だがその沈黙も破られる時が来た。均衡を破るように油田基地から火柱が大きく涌き上がったのだ。そしてそれが両者が激突する合図であった。

「ぬぉう!」

 水面から大きく飛びあがる両者。そして互いが頂点に達した時、レイダーの腰の有線誘導型の爪が勢い良く投げ放たれ、影忍の胸に深々と突き立った。

「がっはっはっは!甘かったなガリョウ!所詮お前ではワシに…」

 だがその時、ようやくミカヅチは異変に気が付いた。彼が突き立てたのは影忍ではなかったのだ。それは未だ溶け落ちずに残っていた油田基地のパイプを束ねたものだったのだ。

「か、変わり身だと!」

 その時、ミカヅチは水面下に何者かが潜んでいる事に気が付いた。まるでその姿を誇示するようにシュノーケル代わりに浮かんでいる竹筒型のセンサーの姿を捉えたのだ。

「おのれ、おのれぇ!」

 慌ててミカヅチはその物体目掛けて爪を放つ。だが手応えこそあったものの、それもやはり油田基地の耐熱材を丸めたものであった。しかも竹筒はそれだけではない。気が付けば彼の周囲はそれに埋め尽くされていたのだった。

「お前がワシに!ワシに勝つのか?!ガリョウぅぅ!」

大きく飛びあがったミカヅチは両手に握った二対の扇子を水面目掛けて振り下ろした。爆風と共に仕込まれた短刀が周囲に降り注ぐ。だが、影忍はそこにはいなかった。火炎地獄ゆえに発生する上昇気流を捕まえていたガリョウは黒煙に隠れて遥か上空から待ち構えていたのだ。

「な、なんとぉ!」

 影忍が上にいた事にミカヅチが気が付いたのと、影忍のサミダレが斬りかかったのはまったくの同時だった。

 

「司令、敵拠点の征圧完了したとの事です」

「うむ、ご苦労であった」

 そう答えると司令官は腕時計を覗き込む。

(そろそろ時間だな…)

 

「こ、ここまで強うなったか…」

 ガリョウの一撃は機体はおろか、ミカツヂにも致命的な傷を与えていた。激しい出血により、操縦席は血の海となっている。しかしそれでもまだ喋れると言うのは、彼が常人離れした忍であるからであろう。

「この傷では助かるまい…。死に方を選びたい…」

「……、いいでしょう…」

 ようやく終わったのか、それともまだ何か仕掛けてくるのか?絶えず刃の元に身を置いてきたガリョウはまったく隙を見せない。しかしそれであっても、突然のミカヅチの行動にはさしものガリョウも反応する事もままならなかった。

「獲ったわぁ!」

 一瞬の隙を突いて烏天狗レイダーの左腕が影忍デュエルの左わき腹を引き千切った。

「!!」

「甘いぞガリョウ!そんな事ではまだまだよぉ!」

 レイダーの一撃は操縦席を狙ったものであったのだろうか?否、否である。レイダーの左手にはわき腹の装甲が掴まれていた。そしてそれを見たガリョウから驚きの声が上がったのだった。

「そ、それは…!」

 それは装甲の内側に仕掛けられていた小型でありながら圧倒的な破壊力を持つという超高性能爆薬であった。ガリョウはこの仕事の依頼、即ち災鬼堂を討ち果たせば機体の入手ルートに関しては不問にし、今回の為に部品さえ調達するという待遇を受けていた。無論疑わない訳ではなかったが、世の為人の為と受けたのである。そんな彼に対する仕打ちがこうであったのだ。

「よいかガリョウ…。軍人とは、俗世の鬼とはこうしたものよ!何もかも消せば終わると思うておる!しかと見よガリョウ!」

「これがお前の選んだ道、生きてゆく世界よ!ここで果てるワシは幸せやも知れぬ。地獄もここよりは住み易かろうてなぁー!」

 次の瞬間、時限式発火装置が作動しレイダーの掴んでいた爆薬がまばゆい閃光を放って爆発した。その威力は凄まじく、一時ではあったがその油田基地の火災の炎を、地獄の業火を吹き払ってしまったほどであった。

「海が、南冥の海が泣いている…」

 影忍は爆発の直前、飛行用の凧を張り、すでに上空へと舞っていた。明るさを失い、一時ばかり元の静けさを取り戻した眼下の南冥の海がガリョウには海が泣いているように思えていた。

 

「油田地帯より異常爆発を確認!」

「やったか…」

 その報告を耳にした司令官は、ようやく安堵したように座席に座った。

「これでよい。この蒼き清浄なる世界には忍などという怪しげな者どもなど居てはならぬのだ…」

 御付きの兵が彼にコーヒーカップを手渡す。司令官はそれをゆったりと口に含んだ。

「そして私が昇進し発言権を得た際には、上層部にコーディネーター共々、忍どもの抹殺も進言せねば…」

 だが、彼が思いを未来に巡らせられたのはそれまでであった。次の瞬間、このブリッジには何処ともなく飛んできたアーマーシュナイダーの破片が直撃し、この男が座っていた場所をブリッジから南冥の海に叩き出してしまったのだ。無論、遺体など見つかるはずも無かった。

 その後の調査会でも、その物体が何処から飛来してきたのか判明する事は無かった。だが、その金属片には何者かによって文字が刻まれていたことが確認された。そこに記されていた文字はただ二文字。「天誅」と…。