ゾイドジェネレイションズ 意訳版 第1回




「ソウガ、どうしよっか?」

 少女はつぶやいた。返事は来ない。静かに木霊するのはいつもの事だった。
 彼女は返事を期待していたわけではなかった。“相棒”に一方的に語りかけるのは、彼女だけのクセではない。ゾイド乗りであれば、一般的と言い切ってよい傾向だからだ。
 ソウガは、彼女の相棒。ライガーゼロの青い機種、ライガーブルーが本当の名前だという。しかし、彼女は自分の好みで相棒をソウガと呼んでいた。

 コックピットのスクリーンに映っていたのはいつもの風景。雲ひとつない青空から照りつける太陽。そそり立つ岩山の群れ。深く刻み込まれた峡谷。
 だが、この日はひとつだけ、いつもと違うものがあった。それは一体のゾイド。川に沿って峡谷を進んでいくのが目に映る。

「ソウガ、拡大して見せて」

 肉食獣型であるソウガにとって、得物の観察は嫌いな行為ではなかった。すぐさま相棒の見ていたものが拡大される。
 そこに映っていたのは相棒と同じようなラインのゾイドであった。黄色を基調とした色のそれはスマートで実に素早そうだった。口元からは左右に一対、長く鋭い槍のようなものが見えた。そして背中,いや、首の下にも飛び道具らしい装置が見えている。
 彼女は思わず息を呑んでいた。そのゾイドが向かっていた先には彼女の住む隠れ里があるからだ。

 この周囲は一見、岩山ばかりで人の住めない土地に見えるが、この峡谷を遡って行くと緑が茂る開けた土地に出る。たしか長老(じっちゃん)が言うには百二十年か百五十年ほど前に、戦乱を嫌ったゾイド乗りたちが放浪の末にこの地を見つけて住み着いたと彼女は覚えていた。その為が外部との付き合いはほとんどなく、ひっそりとしていたのだが。
 あいつ、何者だろう?彼女はぐるぐると思考を巡らせていた。今までこうやって近づいてきたのは野良か逃げてきた野盗の類ばかり。極々たまに来る人は首から札を下げてくるのが慣わしだと言っていたから(私は会った事はないけど。何十年も昔が最後らしいし)それを下げていないという事は・・・。

「どうしよっか?」

 再び少女はつぶやく。無論返答はない。しかし、彼女はすでに答えを出してしまっていた。戦いも辞さない、と。
 彼女は迷いがあった。戦うか否かではない。戦い方についてだった。日に一度の“散歩”で外に出たついでだから(こうしないと相棒は機嫌が悪くなるのだ)飛び道具はない。当然武器は爪と牙のみ。しかし相手は飛び道具をしっかり持っている。とてもではないが、接近戦に持ち込まなければ勝ち目はない。確かに装備では相手が有利。それは疑う余地はない。しかしこちらには地の利があった。毎日の散歩コースであるから、他の誰よりもこの環境を熟知していたのは自分たちだった。まして相手はこちらを見つけていない上に、岩山の上にいるのだ。
 谷の上に準備してあった大岩を落とすか、背後から回り込んで不意打ちを仕掛けるのか。それで彼女は悩んでいた。しかし、岩を上から落とすことを相棒が受け入れてくれるのか・・・。そう考えると答えは出た。

「いこう、ソウガ」

 少女はささやいた。答えるようにソウガは空に向かって顔を上げる。それが相棒の返事(咆哮とも言う)の時の癖だった。

「あっ!ダメよ、ダメダメ!」

 少女は慌てて制止した。すると相棒は今度は首を静かに揺すって見せたのだった。“冗談じゃない。狩りの開始に吼える奴なんていないぞ”そう言わんばかりの相棒の仕草だった。

「ひ、ひどぉい!ソウガ!私をおちょくるなんてぇ」

 どうやら、相棒が少女の緊張をほぐすためにやった冗談らしかった。そう、相棒の方が狩りに関しては経験があるからだ。

 “静かに”という彼女の命令をソウガは忠実に守っていた。相棒からしてみれば、言われるまでもない事だ。狩りの時に不用意に音を立てる奴はいない。この辺りの地形を知り尽くしていた“二人”の戦法は同じであった。峡谷の裏側から回りこんで、相手を追い抜いてから峡谷に下る。丁度いい大きさの岩塊があった地点に身を潜めて待ち構える。相手が通り過ぎてから飛び出してバックを取って・・・、敵か味方かを確かめるのはそれからという事だった。
 聴覚センサーの感度を上げる。肉食獣型のソウガの耳は敏感だ。三百六十度のみならず、足のセンサーも組み合わせれば相手の歩いてくる方角から大きさまで判別できるのだ(音紋データがあれば種類の照合も可能だったが、ソウガには残念ながら照合すべきデータがなかった)。
 距離が詰まる。同時にこちらの息も詰まる。距離五百、四百、三百。落ち着こうとしても動悸が激しくなるのを止められない。
 と、突然足音が止んだ。

「あれ?気付かれ・・・ちゃった?!」

 驚きを隠せないうちに、今度はスクリーンに画像が飛び込んできた。通信が入ってきたのだった。画面に映っていたのは、若い、というより幼いといえるほどの少年の姿だった。

『こちらはナカト国所属、ジン遊撃隊、ジン遊撃隊のケンです。あなたがそこに隠れている事は、すでに補足済みです』

 補足ってことは・・・、隠れても無駄ってこと?

『今すぐ武装を戦闘システムを解除し、キャノピーを開いて投降してください。繰り返します、武装と戦闘システムを解除して・・・』

 武装といってもこちらにあるのは爪と牙だけ。解除なんてできるわけがなかった。それに戦闘シスなんちゃらなんてさっぱり!一体どうしろっていうのよ!
 その直後だった。正面の猛犬型のゾイドが首を上を向けた。首下の円筒が回転をはじめ、空に向かって火の玉が飛び出した。火の玉は空中で爆発を起こした。まるで花火のように炎が広がる。驚いて少女は潜んでいた岩陰から飛び出してしまったソウガは素早く着地すると、低く臥せって相手を睨み付けていた。

『今のは威嚇射撃です。えっと、キャノピーを開いて降りてくるか、通信を開いて投降の意思を・・・』

 早い話が、相手は自分たちの里に踏み込んできておいて降参しろと言うのだ。少なくとも彼女はそう解釈した。敵はやっつけて追っ払う。それだけだと。それにしても、相手が一々音盤みたいに棒読みをしているのは何故なのだろうか?
 スクリーンが赤く表示されている。相手、ハウンドソルジャーというらしいゾイドは、こちらをロックオンしたというのだ。

『ロックオンは完了しました。猶予を十秒与えますから、その間に通信を』

 今度はスクリーンにカウントダウンの数字が表示された。もう迷っている場合ではない。一気に仕留めないと!

「行けぇ!」

 ソウガの四の足は全身に溜め込んでいたエネルギーを一気に吐き出した。

『4・・・・・・』

 二歩目でエネルギーを加速に変える。この時点で最高速に達しているのがソウガだ。

『3・・・・・・』

 相手が眼前に迫る。ゾイドの方は異変を察して身を翻しかけているが、パイロットは気付いていない。

『2・・・・・・って、わっ!わっ!わぁっ!』

「破ぁっ!」

 相手の首筋めがけてソウガの拳(ストライクレーザークロー)が炸裂した。パイロットはともかく、ハウンドは身を捻っていたが直撃は避けられなかった。左の槍と煙幕筒ごと装甲をひしゃげさせ、ハウンドはバウンドして崖に叩きつけられた。

「それにしてもこいつ、何で悠長に秒読みしてたんだろう?防御姿勢も取らないなんて・・・」

 ひっくり返って伸びているハウンドに近づくソウガ。相手が本当に倒されたのかを確認するために。すると今度は足元に衝撃と同時に土埃が舞った。相手は一体だけではなかったのだ。
 相手の攻撃は正確で、確実に足元に向かって飛んでくる。飛んでくる方向を見ると・・・。居た。赤土色のボディの狼型だ。後ろからはサイ型まで。

「まずい、相手の数を読み違えてた・・・」

 その直後、スクリーンに新しい映像が映し出された。今度は無精ひげを生やした、青年の後半から中年に差し掛かる程度に見受けられる、いわゆる“オジサン”。

『そちらのライガーゼロ!冷静になれ。こちらは無益な殺生をするつもりはない。我々が戦う理由は無い』

 少女は敵と認識している相手に対して、今度は返答した。

「いきなり高圧的に出ておいて、今更何よ!」

『子供か!』

 赤いウルフの男は少々面食らっていたようだった。しかし少女にしてみれば理由がわからない。子供でも適性があればゾイド乗りをやっているなんて話は、時に紙芝居も見せてくれる行商人の薬屋からでも良く聞く話だったからだ。

「悪かったわねぇ、お子様でぇ!」

 少女がどんどんとヒートアップしていく様子に、男の方は頭を軽くクシャクシャと掻きながら、何とかなだめようとしていた。

『俺たちは君たちに危害を加えるつもりはない!ただ、長老に用が・・・』

「じっちゃんに、村に用事があるなら、札持ってくるのが当然よ!見せてみなさいよ!」

 その言葉に男はばつの悪そうな顔になって、言葉を詰まらせてしまった。そして、背後では仲間との会話がされているようだった。詳しくは通信の又聞きなので聞き取れないが、どうやら揉めているらしい。

「持ってきてないなら、やっぱり敵よ!決定、決定!容赦しないわ!」

『ええい、クソッ!戦うつもりはないって・・・』

 その間にもじりじりと距離を詰める。そして機を見計らって、両後脚で地面を蹴り上げた。青い鋼鉄の巨体が宙を舞い、見事な軌道を描く。そして左前脚を振り上げる。

「この村に、近づくなぁ!」

『やむを得ん!』

 一瞬、白く光る細い何かが、視界を横切ったように見えた。彼女は構わず、必殺の一撃を開いて目掛けて叩き込む・・・、が。

「え、あれ?」

 何が起こったのか、彼女はしばらく事態を把握できなかった。相手に振り下ろしたはずの一撃が、伝わってこなかったからだ。

 赤い狼はソウガの下を駆け抜けた。彼女とソウガは相手の頭上を越えて、向こう側に着地しようとした。が、ソウガの様子がおかしかった。足で受けるのではなく、体を捻ろうとしていたのだ。

「ソウガ!一体・・・って」

 地響きと噴煙を上げてソウガは大地に転がった。肩口から体を捻って転がったので、衝撃は大いに弱められたが、ベルトを装着していなければ、彼女は確実に座席から投げ出されていた事だろう。何とか回転を止めて地面から起き上がろうとするが、それが叶わない。何かがおかしかった。ソウガが彼女の意思通りに動かないのだ。崖に衝突するまでソウガは転がった。回転が止まったところで、少女はベルトを引きちぎるように外して、コックピットから飛び出す。こういったとき、身の安全のため外には出ないのは鉄則だったが、思わぬ事態で動転していた彼女は、その鉄則を忘れてしまっていたのだった。

「あ、ああああああ嗚呼あああAあ唖ああああ阿あaあアあああああああ!」

 絶叫の声には驚きと悲しみと怒りがない交ぜになっていた。彼女の相棒の左前脚は、深い溝の向こうから、あらぬ方向にぐにゃりと飴のようにねじ曲がっていたのだ。

「脚、あああ、脚が、脚がぁ・・・」

 ソウガはぐったりしているように見えた。ひどい曲がり方をした脚の傷からは、まるで血が噴出すように火花が飛び散っている。見るからに痛々しい。
 呆然と立ち尽くす少女の周りに、人が集まってきた。先ほどノックアウトした黄色のゾイドからは少年が。赤土色のからはオジサン。サイ型からは女性が二人。有る程度の間合いを取って、心配するように周囲を囲んでいた。

「安心しろ、峰打ち・・・のつもりだ」

 “オジサン”が彼女に話しかける。何とかとりなそうという態度が口調からも滲み出ていた。

「よくも・・・・・・・・・」

 少女は男を睨み付ける。相手は少し引いた。彼女の目には噴出すような怒りの炎が灯っていたからだった。

「よくも・・・・・・・・・」

 怒りに燃える少女は一歩足を踏み出した。慌てて少年と女性たちは身構えた。だが、男は皆を手で引きとめた。

「落ち着くんだ。こっちが本気だったら、こんなものじゃ済まなかったんだぞ?!第一、こうやって降りてきて話なんて・・・」

 だが少女は拳を固めてもう一歩を踏み出した。グローブからは握力によって引き起こされた乾いた音と、薄っすらと煙が立ち上る。

「だから誤解だって・・・」

 男は降参の印とばかりに、両手を上げながら一歩引いて見せた。だが少女の行動に変化はない。

「よくもあたしのソウガを!」

「よせ。俺は女子供とは・・・」

「嘘つけぇ!」

 少女の、岩をも砕かんばかりの拳は、寸での所で止められた。後ろから羽交い絞めにされたのだ。振りほどこうと暴れるも、ガッチリと固められたそれは、容易に外せるものではない。そしてもう一暴れしようとした時には、二人の女まで飛び掛ってきたのだった。

「はい、そこまで!」

「ダメよ!」

 二人が飛び掛ってきた重みで少女の体は地面に押さえつけられた。同時に、羽交い絞めにしていた少年はか細い悲鳴を上げて下敷きになってしまったのだが、こちらを気にするものは誰も居ない。

「侵略者がなにを言うのよ!暴力でやってきておいて!」

『先に手を出したのはあなたでしょう?』

 二人はさらに力を入れる。下の少年は、押しつぶされたカエルのような情けない悲鳴を上げたが、今度も無視されている。

「聞く耳持っては・・・くれないか・・・」

 男は呆れたようにつぶやく。だが、男の言葉に間髪要れずメガネを掛けている年長が口を開いた。

「ジン“隊長”、元はと言えば隊長が例の割符をなくしたのが問題なんですよ」

 すると男はさらにばつの悪そうな顔になって言葉をにごらせ始めたのだった。
 その様子を確認すると、メガネの年長者は今度は下で押さえられている少女に話しかけた。

「あなた、もしかしてカゲリ村の・・・、ミドリさん?」

 確かに、ミドリというのは彼女の名前だった。

「そうだけど・・・・・・。どうして知っているの?」

「そう」

 まじまじと彼女はミドリを見詰めていた。それに今度はもう一人の方も加わる。驚くミドリも見つめ返す。女三人(男一人も居るのだが、残念ながら無視)が取っ組み合って地面に倒れたまま見詰め合っているというのは、とてつもなく変な光景である。

「ええっと、こんな状態で言うのもなんだけど。私はセキ。ナカト国所属、ジン遊撃隊の隊員よ」

 メガネの年長者の方がまずは名乗った。それではと、もう一人も名乗る。

「私はレーテ。ライモスのパイロットよ」

 こちらは人懐っこい笑顔を向けてくる。

「いい、ミドリさん。私たちはあなたの村の長老に会いに行くところ、だったの。話は聞いてなかったの?」

「え、じっちゃんに会いに?」

 驚きの声を挙げた後、ふとミドリは今朝の事を思い出し直してみた。そういえば彼女のじっちゃんは出発前に何かを大声で言っていたような・・・。

「私たちはね、ゾイド乗りの中のゾイド乗り、ハククウ殿に会いに行くところだったのよ」

「そう・・・・・・だった・・・・・・んだ」

 どうやら全ては彼女の早トチリだったのだ。言われて見れば確かに悪意を持った人たちではない事に気が付く。悪意があれば手加減などせずに、とっくに止めを刺されているだろうから。
 戦意がなくなったのを確認した二人は、ミドリを離してくれた。先に立ち上がったセキが彼女を立ち上がらせる。三人の女の下敷きにされていたケンは、とっくに羽交い絞めを解いていたので問題にならなかった。というよりすでに目を回して伸びていたのだが。

「まったく、ケンの奴、うらやましい伸び方しやがって」

 そう言うと後ろに引いていた男が近づいてきて少年を引き揚げた。起こしあげると水筒の水を軽く顔に振り掛ける。ぶはっと一息、少年はようやく目を覚ました。

「よう幸せ者。重さに耐えられずにグロッキーだったのか?」

 男の言葉に反応し、女性三人の視線がケンに突き刺さる。首を頷けようものならどうなるのか解らないという風に。

「いえ、倒されちゃった時に、頭のところに石があって思い切り打ち付けちゃって・・・」

 確かに後頭部に大きなコブができていた。道場に通っていただけあって、何とか大事には至らぬようにしたつもりだったが、両手が塞がっていたのでは気絶に抑えるので限界だった。

「誤解が解けたようなので、改めて自己紹介だ。俺はジン。ナカト国所属でこの部隊の隊長を任されている。そしてこいつは」

「真っ先に貴女にふっとばされて、そこで寝転がっていたケンです」

 後頭部をさすりながらケンは柔らかい表情で笑って見せたのだった。

「しっかし、ひどい有様ね」

 レーテは改めて周囲を見回して言った。そこには起き上がりはしたものの、曲がった足を庇うように立っているソウガと、依然として崖で伸びているハウンドの姿があった。

「あたしのソウガ・・・、痛々しい」

「大丈夫ですよ」

 落胆気味のミドリにケンはやさしく声をかける。

「ライガーゼロタイプは、皆たくましくて傷の治りも早いですから。適切に処置すればすぐに元通りですよ」

 言われてみればそうだった。確かにソウガは野良ゾイドなどとの戦いで少々の傷を受けても、大抵自力で直してしまえるからだった。その事を改めて他人に指摘されると、安心するのと同時に、ソウガがより誇らしく思えてきた。

「でも、ケンのハウンドソルジャーのほうが、よっぽど傷酷くない?」

 レーテの言葉通りだった。左の首筋に受けた一撃は酷く、未だに起き上がれもせずにハウンドは気絶している。まして武装の損壊も激しいようだった。

「僕が実戦同然だったのに、ぼーっとしていたのがマズかったんですよ」

 そう言ってミドリに罪悪感を抱かせないように振舞うケンだったが、やはりどこかミドリはばつが悪くなっていた。

「あ、あの、えっと・・・・・・・・・」

「?」

 ミドリは少し迷ったように間を空けてから言葉を続けた。

「ごめんね」

 ケンはにっこりと笑顔で答えた。

 ケンのハウンドソルジャーはふらつきながらも自力走行は可能だった。ソウガは獅子の誇りなのか、三つ脚でも歩こうとしていたが、ミドリが制止させた。相談の末、ライモスに手伝ってもらう事で村に戻る事になった。
 大騒動の後だった事と、ヨタつく機体があったことで彼らの村への到着は夕刻になってしまっていた。

「おそかったようじゃな」

「じっちゃん!」

 彼女のじっちゃんこと、カゲリ村長老ハククウが直々に迎えに出ていた。その姿を認めて、先頭を歩いていたジンのゾイド、レッズウルフが足を止めた。颯爽とコックピットから降りるとジンは恭しく長老に会釈をした。

「お久しぶりです。ご健勝のようで安心しました」

「十年前の子坊主が、今では一人前に無精ひげとはな。立派になったものじゃ」

 どうやら二人は既知の仲だったようだ。それに十年前まで子供だったと言う事は、まだオジサンには若いと言う事になる。言われてみれば確かに、オジサンには少々若いようにも思えてくるミドリだった。

「それはそうと、一騒動あったようじゃな」

 長老の目が自然にミドリとソウガに向く。苦笑いで答えるミドリ。

「ちょっとした誤解がありまして・・・。確かにゾイドは傷ついていますが、乗り手は全然平気ですので」

 ジンのフォローであったが、長老は言外から意図を汲み取ったようだった。

「一応、後で見せておくようにな」

 笑顔で返す長老だった。だが、すぐに表情を引き締める。

「先日の手紙の件じゃが・・・」

「お知恵を拝借したい事がありまして」

「ふむ・・・。では立ち話というわけにもいかんな」

「まずはゾイドの修理が先じゃ。話はうちで食事を取りながら聞くこととしよう」

 村に入る前にジンと長老は何やら話し合いをしているようだった。ソウガの頭上で座って見ているミドリには、流石に内容までは聞き取れない。ただ、自分のじっちゃんが、他所の土地の人にまで尊敬されていた事に感心していた。


 格納庫は村の真ん中にあり、寒村と言ってもよい村の規模からすれば大きすぎるほどであった。だが、このカゲリの村はゾイド乗りの村でもある。大きく場所が取られていて当然であった。
 格納庫では親方たちが、てぐすね引いて待ってくれていた。久しぶりの大仕事だと張り切っていたのだ。機密の事をセキは気にしていたが、ジンは構わず任せておけと言うだけだった。
 ミドリの家では長老が、近所のおばさんたちに手伝ってもらって夕食の準備をしてもらっていた。片手にぶどう酒のトックリを抱えているあたりが田舎の村らしい。
 各人は思い思いに席に着き、この地の珍味に舌鼓を打つ。どこから持ってきたのか、お祭りにしか出さない鳥の肉まで出していたのだから、容易は周到らしかった。

「じっちゃん、だったらもっと早く教えてくれれば」

「言う事も聞かずにお前は飛び出したじゃろうが」

 これだけのやりとりで周りには笑いの花が咲く。あとは大人たちが難しい話題を始めた。込み入っているだの、深刻な事態だのという言葉が聞こえてきたが、ソウガが心配な彼女は流しておく程度にしか耳に入れていなかった。
 結局ミドリは目ぼしい料理を口に放り込むと、格納庫に行って来ると一言、席を立って出て行ったのだった。

「ほら、貴方も行ってきなさい」

 セキはそう言うと、長老とジンの話を聞き入っていたケンを小突いた。ケンは慌てて食事を残さずかき込むと、大急ぎでミドリの後を追ったのだった。


 ミドリが格納庫に入ると、ソウガはあて木(?)されてケージに固定されていた。もちろん本格的に手を入れる必要はあったが、ライガーゼロタイプのソウガなら、これだけでもほとんど自己修復してしまえる。
 ミドリはソウガの足元近くの木箱に腰を下ろした。そして直った脚をやさしくさすっていた。

「修理、手伝うんじゃないんですか?」

 ケンの問いにミドリは静かに首を振る。

「ううん、見に来ただけ。親方はゾイドが持ち主であってもシロートが手を出すのを嫌がって怒るから。それから・・・」

「?」

 怪訝な顔のケンにミドリは目を向けて言った。

「あたしに敬語は使わないで」

「あ、はい。わかりまし・・・、いや、その・・・・・・。わかった」

 二人で少し笑いあった。ケンは少し様子を見るようにしてからの後、彼女の隣に腰を下ろした。ミドリが嫌がらないか、気をつかっていたらしい。そして一緒に修理の様子を眺める。ケンの目線は当然ハウンドに向けられていた。しかし、顔は心配と言うより感心していると言った風だった。

「街でもあそこまで手際のいい職人なんて、そうそう居るものじゃないよ。すごく腕のいい人たちなんだね」

 素直な性格の少年の素直な感想だけに、口調が柔らかくても、おべっかや気遣いは含まれて居ないのがわかった。純朴な自分たちとは違うやさしさをミドリは感じ取った。

「あなたよっぽど育ちがいいみたいね。もしかして、んーと、いわゆるおぼっちゃまだったりして?」

「はははは。それほどでも」

 軽く笑った後に、答えるケン。それほどでも、と言う事は自覚はあるという事なのであろう。

「で、その“おぼっちゃま”が、何でこんな危険な仕事なんかしてんの?」

 ケンは答えるまでに三呼吸ほど間を開けた。何やら言葉を選んでいるようにも見える。

「よく、負けちゃうんだ。さっきみたいに」

「え?どういうこと?」

 小首を傾げるミドリに、ケンは傍らに転がっていた細い鉄パイプを拾い上げると、それを振るって見せた。それまでの柔らかい物腰と裏腹に、その刀さばきは素早く、そして鋭い打ち込みであった。

「へぇ・・・。結構すごいんだ」

 感心するミドリに、ケンは自嘲気味に口元を曲げてみせた。

「“たしなみ”だからってことで、習ってきたんだ。剣術も。自慢じゃないけど、道場での練習試合じゃあほとんど負けたことなんてないくらい。でも・・・」

「でも?」

「大事な試合じゃ負けちゃうんだ。腕はともかく、気迫で飲まれるっていうのかな。みんなからは“甘い”って言われるんだ。確かに自分でもそう思う」

「そうみたいね。だってケン君、さっきだって、私が迫ってきても悠長に秒読みなんてしてたし」

 ミドリの歯に衣着せぬ言葉は、ケンの心に深々と突き刺さった。そう、自覚していても初対面の相手に指摘されるのは痛い。

「だからその甘さから卒業しようと思っていたところで、街で見つけたんだ。遊撃隊のゾイド乗り募集の告知を。これだって思ったんだ。旅をして危険に身を晒して自分を磨く。任官することで責任も持つんだって。まあまだまだ修行不足だってことは、隊長やみんなだけじゃなく、君にも改めて教えてもらったけど」

「ふうん」

 同じくらいの歳の少年の言葉に、ミドリは感じ入るところがあった。自分が村の周りでぐるぐるしている時に、気弱そうに見える目の前の少年は一人前になろうと道を見つけているのだと。それに、旅という言葉には何かを感じさせる響きがあった。

「ねえ、旅って楽しい?」

 ミドリの質問に、ケンは再び言葉を選びながら答える。

「楽しいって言っていいのかどうかわかんないけど・・・。なんていうのかなあ、行くところ行くところ、どこも知らないところだし、出会う人も街じゃあ出会えないような人ばかりだからね(君もそんな中の一人だよ)。その度に自分の中にある世界がどんどん広がっていくっていうのかな?そんな感じだよ」

 ケンの言葉が、何となくミドリにはわかるような気がしていた。物心付いた時から、この隠れ里に住んでいた彼女は、時折訪れる行商人から聞く話以外に、外の世界に触れることはなかったからだ。

「そっかぁ。旅かぁ」

 彼女の頭の中を、むくむくと好奇心が支配し始めた。旅、未知への世界への憧れ。そして不安と外への恐れ。色々な感情が渦巻き始める。でも、じっちゃん、許してくれるかな。

 やがて空が白み始めた。空の目覚めに応じて、森の木々や鳥たち、家畜たちもゆっくりと目覚め始める。そんな朝の若干肌寒い中を、軽快な足音が響いていた。ミドリである。彼女は格納庫に向っていた。
 彼女は床にもぐりこみはしたものの、結局寝付くことができなかったのだ。だから日の出と共に起き出して、考え事を伝えたい相手のもとに向ったのだった。
 格納庫の裏手にあるさび付いた扉を音を立てないように静かに開け、足音を殺して中に入る。誰も居ないのを確認すると、今度は堂々と相棒のところに向った。

「おはよう」

 そっと呼びかけた。相棒の目に静かに光が灯る。

「具合は・・・どう?」

 ソウガは立ち上がってみせる。ゆっくりと前日傷ついた左前脚を揺らしてみせる。その後、ゆっくりと格納庫内を逡巡してみせる。そして安心しろと言わんばかりに、ゆっくりと首を振って見せた。どうやら大丈夫のようだ。

「ねえ、ソウガ・・・。あたし、考えたんだけど」

 小首を傾げる相棒に、一呼吸分の間を開けて、彼女は自身の決心の言葉を告げた。

「旅に出ようと思うの!」

 その言葉は、静かで広大な格納庫内に威勢よく響き渡った。それまで静かにしていた他のゾイドたちも、なにやら軽く体を揺すっている。そして相棒は・・・、ゆっくりと彼女を見据えるとまるでにっこり笑ったかのように口を動かして見せていた。

「一緒に行こうね!冒険の旅に!」

 その言葉に呼応して、ソウガはゆっくりと顔を下にすると、今度は逆に大きく天井に向って顔を上げた。それは、ソウガが大きく咆哮するときの癖でもあった。
 ちょっとヤバイかな。と、一瞬思ったミドリであったが、あえて放っておくことにした。ソウガの音量であれば、格納庫内に留まらず、村中に咆哮が響き渡る事は承知していたが、この時間ともなると“村の住人”は起きているのが当たり前だからだった。寝ている人が居るとすれば酔っ払いだけであろうから。
 それに、これは自分たちの旅立ちを祝う号砲なのだから。

 ソウガは天に向かって吼えた。<第1話 了>



あとがき

 というわけで、電撃ホビーマガジン誌掲載の「ゾイドジェネレイションズ」の“意訳版”、その第1話と相成りました。
 ゾイドの掲載記事を小学館系の次に取り上げてくれているこの模型誌で、小説系の新連載と聞いて期待していたものの、蓋を開けてみると・・・・・・。私のような人種の望む、かつてのゾイドバトルストーリーのような形式でなく、バリバリのライトノベル調だったわけです。これには仰天すると同時に、少々ガッカリしてしまいました。やはりガチガチの世界観で、バリバリの硬派を勝手に期待していたので(苦笑)。
 ですがここで嘆いてもはじまりません。期待が外れたのなら、受け手で勝手に楽しむようにするのが正しいゾイダー(ゾイド愛好家の自称)というもの。まずはということで、主人公ミドリの一人称によって語られているこの文章を、標準的な客観視点のそれに書き換える、すなわち翻訳のつもりでこれを始めてみました。
 しかし作業を進めていると、どうしてもゾイダーとしての設定上のツッコミや、ゾイド世界云々以前の、根幹的な設定がひどくあやふやだったりして、とてもこのまま訳する気にはなれない箇所が続出してしまいました。

 進行順に例を挙げますと
1、 威嚇射撃でいきなり相手の周囲に砲撃。(通常、威嚇なら空中に撃つものだと)
2、 白旗を揚げるか降伏の意思を〜(6月号161ページ)。ゾイドで、かつ異世界なら白旗掲示よりもコックピットから降りて、程度の方がゾイドとしては適切。
3、 今回最大の疑問。ジンの愛機レッズウルフは何の武器で“峰打ち”したのか。掲載写真を見る限り武装はソードウルフのものではないので大型の剣などは未装備。また爪や牙で峰打ちは不自然。
4、 ケンの通っていた“道場”が何だったのか。設定に剣士とあるので恐らく剣術だったのだろうが、その事がゾイドでの任官と一体どういう・・・。
5、 ミドリの発言。女に対して戦えない発言に「セクハラ」、ケンに「お金持ちのおぼっちゃま」と発言。外界との交流がほとんど途絶している設定らしいので不自然(しかしこの指摘、ライトノベル系に対しては無粋の極みかも・・・)。

 大まかに挙げるとこんなところでしょうか。おそらく著者がゾイドに左程詳しくない事から発生したのでしょうが、これを放置できないのが、ファンブックのシナリオに手を加えてしまった私の悲しい性。そういう次第で、冒頭の場面はともかく、中盤以降はできる限り筋を変えないようにして大幅に手を加える事になってしまいました(汗)。でも、もしかしたら私が手を加えてしまったところにこそ今後への重大な伏線があったりとか・・・。
 分量は雑誌掲載としては多すぎるでしょうから切り詰める必要は大いにあることでしょうが、もう少し、ゾイド関係への気を使って欲しかったというのが素直なところですね。

 そして今後ですが、掲載の分量がこちらの手に負える量みたいでしたので、できる限りこの活動を続けてみようと思います。著作権には違反・・・、でしょうが、直接苦情が来ない限りは合間を見てやるつもりです。

 本当のところはこれに触発されて、似たような世界観作って一から組み立ててみたいと言う衝動にも駆られましたが、これを始めるときりがない上に、最近放置状態の“本編”があるので見送る事に・・・。